0-1. そもそも、マーケティングとは何か?CMOとは何か?

本連載の前提

この連載『CMO大全』の入口として、まず二つの言葉の定義から始めさせてください。「マーケティング」と「CMO」です。

どちらも、よく使われるわりに、人によって指しているものがバラバラな言葉です。マーケティングは広告運用のこと、CMOはマーケティングの責任者、おそらく多くの人がそう捉えていると思います。間違いではありません。

ただ、この連載で自分が話そうとしていることは、それらの定義と少しずれます。そのため最初に、自分がどういう意味でこの二つの言葉を使うのかを、お示ししておきたいです。

この記事を読み終えたとき、「マーケ=広告運用」「CMO=マーケの責任者」という認識が、もう少し解像度の高いものに変わっていたら、入口としては成功です。そして、「これは自分に向けた連載かもしれない」と思ってもらえたら、なおいい。

なお、連載全体の地図(なぜ書くのか・誰のため・どう読むか・全30回の流れ)は、0-0. CMO大全|はじめにと目次にまとめています。順番に追っても、気になるところから読んでもらってもOKです。この回は、その土台として、まず二つの言葉の定義から始めます。

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そもそもマーケティングとは何か

CMO1号として使う定義は以下です。

マーケティング=誰よりも深い顧客理解を元にして、限られたリソースで一定期間に事業を最大化する取り組み

!マーケティングの定義

広告運用も、SNSも、リサーチも、この定義の中に含まれます。でも、それらはあくまで手段です。マーケティングという営みの本体は、もっと手前にある。誰よりも深く顧客を理解し、限られた資源を正しく配分して、決められた期間で事業を伸ばすこと、そこが本体です。

少しだけ分解させてください。

まず「誰よりも深い顧客理解を元にして」。ここが起点です。

競合より、社内の誰より、そして時には顧客本人より深く、その人が何に困り、何を求め、なぜ動くのかを理解している状態。ここがなければ、その先の何をやっても精度が出ません。

次に「限られたリソースで」。スタートアップや新規事業に、無限の予算も無限の人手もありません。だからこそ、どこに張るかという選択が決定的になる。

そして「一定期間に事業を最大化する」。マーケティングは芸術ではなく、期限のある事業活動です。いつまでに、どこまで伸ばすのか。そこから逆算する。

この定義に立つと、「マーケティング=広告運用」という理解ではカバーしきれない範囲があることが見えてきます。広告は、深く理解した顧客に、限られた予算で価値を届けるための一手段でしかない。この連載が一貫して立っているのは、この定義の上となります。

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CMOとは何者か|分断を統合する機能

では、CMOとは何者か。

「マーケティングの責任者」、たいていはそう答えが返ってきます。広告も、ブランドも、リサーチも、まとめて見る人。組織図の上で、マーケティング部門の一番上に座っている人。

本連載は、CMOをそう捉えません。少なくとも、それだけでは捉えません。なぜそう考えるのか、順を追って書きます。ここがこの記事の一番伝えたいところです。

組織は、効率を求めて機能を分ける

会社が大きくなると、必ず分業が進みます。営業、開発、マーケティング、カスタマーサクセス、経理、人事、機能ごとに部門を分け、それぞれの専門性を高めていく。これは合理的な意思決定です。一人が全部をやるより、専門家がそれぞれの領域を深く担ったほうが、効率も精度も上がる。組織が分業を選ぶのには、ちゃんとした理由があります。

ところが、ここに落とし穴があります。各部門が、それぞれ合理的に、自分の持ち場を最適化しようとするほど、組織全体としては誰も意図しなかった結果が生まれる、という現象です。

経営学者の沼上幹先生は、著書『行為の経営学、経営学における意図せざる結果の探究』(白桃書房、2000年)で、各行為者が合理的な意図で動いても、行為が連鎖・合成された結果として、誰も意図しなかったマクロな帰結が生じる構造を論じています。

組織の分業も、まさにこれです。誰も悪気はない。みんな自分の持ち場で正しく動いている。にもかかわらず、その合算として、誰も望まなかった分断が副産物として生まれる。

たとえば、営業と開発が連携せず、顧客のニーズと少しずれた商品ができあがる。マーケティングが時間をかけて取った顧客調査を営業が知らず、現場でまた同じことを聞き直している。こういうことは、どの会社でも起きます。誰かがサボっているからではありません。各部門が、自分の評価指標の中で、合理的に動いているからこそ起きるんですね。

分断のマイナスは、領域と領域の「あいだ」に落ちる

ここで厄介なのは、この分断によるマイナスが、どこか特定の部門の内側ではなく、部門と部門の「あいだ」に落ちることです。

営業の中にも、開発の中にも、マーケティングの中にも、その損失は計上されません。だから、各領域の内側からは見えない。営業は営業の数字を達成し、開発は開発のロードマップを進め、マーケティングはマーケティングのKPIを追っている。みんな自分の持ち場では成果を出している。なのに、事業全体としては伸び悩む。原因が「あいだ」にあるから、誰の責任表にも載らないんです。

この、いわゆるサイロ化の構造を、自分はこう捉えています。部門最適の弊害の本質は、能力や努力の不足ではなく、部門を横断して全体最適を設計する主体が組織の中にいないことにある、と。

各部門が合理的に動けば動くほど、その合算は全体最適から遠ざかっていく。これを誰かが束ねないかぎり、分断は構造的に放置されます。

だから統合する主体が要る。だが、その主体ほど消えやすい

ならば、その「あいだ」を拾い、部門をまたいで全体最適を設計する主体が要る、という結論になります。これはわかりやすい話です。

ところが、本当に厄介なのはここからです。分業が進めば進むほど、この統合する主体は、構造的に消えていくんですね。

なぜか。統合という仕事は、どの専門領域にも属さないからです。営業でも、開発でも、マーケティングでもない。部門と部門の「あいだ」を見る仕事なので、組織図のどの箱にもきれいに収まらない。結果として、評価軸が用意されない。採用要件も書けない。育成プログラムも組めない。専門職には資格や年収相場やキャリアパスがありますが、「統合する人」には、そういう目に見える足場がほとんどない。だから、最も価値が高いはずの機能なのに、最も言語化されず、構造的に不可視化されてしまう。

誰がそれを担うのかについて、個人的には関連する部署が多いマーケティングの部署が担うのも一つの解だと考えています。

しかし現実には少なくとも日本国内においてはマーケティングが担えていないことがデータからも示唆されています。

米国では、Fortune 500の3社に2社、66%(329社)に、経営レベルのマーケティング責任者がいます(Spencer Stuart、2024年時点)。一方、日本では、上場企業のうちCMOを置く企業は、マーケ担当役員から部長級まで広く数えても約1割(11.3%)にとどまります。役員級に絞れば、その割合はさらに下がります(田中洋ほか、2019年)。母集団も定義も調査年も違うので、米国は売上上位500社、日本は全上場企業で、調査時点もずれています、単純に並べて差を煽るのはフェアではありません。それでも、「マーケティングに統合主体の可能性があるのか」という一点で、桁が違う、というのは言ってよいと思います。(他の役割が担っている可能性はあります)

!日米CMO設置率

ここで誤解してほしくないのは、米国を理想化する話ではない、ということです。米国でも34%は全社CMOを置いていませんし、「CMO」という肩書そのものは責任者の4割程度で、CGOやCCOといった別の名前への分散も進んでいます。統合主体を経営に置くかどうか、どんな名前で置くかは、世界中で揺れている。それでも、「3社に2社」と「1割前後」のあいだには、無視できない距離があります。

本連載が考えるCMOとは

ここまでをまとめます。本連載が考えるCMOとは、こうです。

CMOとは「マーケティングの責任者」ではなく、「分業で分断された機能を、意図せざるマイナスをそれごと拾って統合し、事業を伸ばす主体」である。

マーケティングという領域を上から管理する人、ではありません。むしろ、領域と領域の「あいだ」に落ちている、誰も意図しなかったマイナスを拾い上げ、機能と機能を繋ぎ直して、事業を前に進める人。マーケティングはその中心にある機能ですが、CMOの守備範囲はマーケティング部門の境界線の内側では終わらない、と自分は考えています。

そして、この定義に立つと、「CMOとマーケティング責任者は何が違うのか」という問いにも、答えが出ます。マーケティング責任者は、マーケティングという一領域の最適化を担う人。CMOは、マーケティングを起点にしながら、その外側の機能との「あいだ」まで管轄して、全体を統合する人。

!縦と横の統合

1号メソッドが成立する理由

この連載で自分が話す方法論を、「1号メソッド」と呼んでいます。

①顧客解像度 → ②戦略+戦術 → ③計測 → ④組織、という4つの要素が、循環し続ける構造です。

1号メソッドが成立するのは、CMOが①〜④すべての専門家だからではありません。

顧客理解の専門家であり、戦略の専門家であり、計測の専門家であり、組織づくりの専門家でもある、そんなスーパーマンの話ではない。

成立する理由は、CMOが各機能の「あいだ」を拾える位置にいるからです。

顧客解像度と戦略のあいだ、戦略と計測のあいだ、計測と組織のあいだ。それぞれの専門家は、自分の箱の中では誰より深い。でも、箱と箱の継ぎ目に落ちるマイナスは、その位置からは見えにくい。CMOは、その継ぎ目に立てる。だから、各要素を繋いで一本の循環にできる。この連載全体は、言ってみれば「分断しないための実装マニュアル」 です。

それぞれのブロックは個別の専門を扱いますが、底に流れているのは一貫して、機能を切らずに繋ぐ、という思想です。

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自身の軌跡|分断された専門職から、統合へ

ここまで「分断を統合する」と抽象的に書いてきましたが、これは自分にとって、机上で考えた概念ではありません。自分自身が、分断された専門職から始まって、少しずつ統合する側へ移っていった、その過程で感じたことを言語化していますので、少し、自分の話をさせてください。

出発点|メディアプランナーという専門職

自分のキャリアの出発点は、広告会社のADKでした。デジタルマーケティングの部署を経て、roleとしてアサインいただいたのはメディアプランナーやデータアナリスト。前者ではテレビや雑誌、デジタルといった媒体の枠を、どう買い付け、どう組み合わせれば、最も効率よくリーチが取れるか、その設計を担いました。後者では広告効果の分析に軸足があり、それを元にメディアプランを立案します。社内における専門職としてこの仕事には誇りを持っていましたし、今振り返っても、ここで叩き込まれた媒体の見立ては、自分の土台になっています。

ただ、当時から、ある自覚もありました。自分が見ているのは、事業全体のうちの「ある一部」だ、という感覚です。

メディアプランは、マーケティングという大きな営みの中の、限られた一区画。その前段にある顧客理解にも、その後にある事業の数字にも、当時の自分は直接は手を伸ばせていませんでした。

専門職として深く潜るほど、扱える範囲はくっきり区切られていく。これがまさに、さきほど書いた「分業で分断された専門職」の、自分自身の姿でした。

選択肢が広がる|プロモーションの枠を越えて

一つの転機は、JapanTaxiに移ってからです。

配車アプリのtoC向けマーケティングの担当者として振る舞った経験は、メディアプランナー時代のように、プロモーション、媒体や広告、の領域に留まるものではありませんでした。

「このプロダクトを伸ばす」と考えたとき、事業を伸ばす手は、広告だけではないということを実践で学びました。アライアンスを組むという手もあれば、プロダクトで新規開発を行うという手もある。それまで「広告でどうリーチを取るか」という枠の中で考えていた自分の視界が、ここで大きく開けました。

そしてもう一つ。自分は初期メンバーとして入り、最初は手を動かすプレイヤーでしたが、次第にスペシャリストを採用し、マネジメント側に回っていきました。複数の機能を束ね始めた、ということです。ここで自分は、縦の統合に片足を踏み入れていました。ただ、本格的に縦の統合が深まるのは、もう少し先のことになります。

縦と横、両方の統合へ

その後タイミーで、その縦の統合が本格化しました。複数の機能を上から束ね、全体として一つのゴールに向けて稼働を最大化する、専門を深く掘るところから、機能を垂直方向に束ねるマネジメントへ。これが、自分にとっての「縦の統合」が本格的に進んだ局面です。

そして、ここでもう一段、別の方向の統合を経験しました。当時toBマーケティングと隣接していたSB(スモールビジネス)領域、事業者向けの売上責任です。

多くのケースでは、マーケティング・インサイドセールス・カスタマーサクセスは別々の部門で別々の責任者のもとで担うことがメジャーだと思います。

それを、一気通貫で担当させてもらうことになった。

これが、自分にとっての「横の統合」でした。さきほどの理屈でいえば、マーケとインサイドセールスの「あいだ」、インサイドセールスとカスタマーサクセスの「あいだ」、本来なら誰の責任表にも載らず、放置されがちな継ぎ目を、自分が管轄することで消した、ということです。

リードをどう取るか、それをどう商談に繋ぐか、契約後にどう成功させて継続に繋げるか。この一連の流れを、部門の壁で分断せず、一本の流れとして設計できた。結果として、ある年のこの領域の売上は数倍になりました。

振り返り|分業があるからこそ、統合に価値がある

ここで、自分にとって決定的だった発見を書きます。

横の統合がうまくいったのは、本来なら別々に分かれる機能を、ぶつ切りにせず一本で見たからでした。マーケ、インサイドセールス、カスタマーサクセスを分業していたら、その継ぎ目に「あいだ」のマイナスが落ちていたはずです。でも、一人が一気通貫で見たから、そのマイナスが、そもそも発生しなかった。

つまり、分業があるからこそ、それを統合する機能に価値がある。

機能が分かれて専門化していく構造は、組織が大きくなれば避けられません。だからこそ、その分かれた機能を切らずに繋ぎ直せる人に、価値が生まれる。当時はリソースの制約もありましたが、本質はそこではなく、「切らずに繋いだ」こと自体にあった、と今は思っています。これは後で、現代のキャリアや組織の話にそのまま繋がっていきます。

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分業が進むほど、統合に価値が出る

自分の軌跡として「縦の統合」「横の統合」を書いてきましたが、これは自分個人の話で終わらせたくありません。いま、統合という仕事の価値が、時代の側からも押し上げられている、と感じているからです。

少し前の時代、たとえば終身雇用が当たり前だった頃は、わざわざ「統合」を語る必要がありませんでした。一つの会社が社員の一生を面倒見て、その中で長い時間をかけて多様な部署を経験させ、自然と全体が見える人材が育っていく。会社という器が、複数の機能を一人の人間の中に時間をかけて束ねてくれていたんですね。分断はあっても、長い在籍期間が、それを吸収できていた。

ところが、今はそうではありません。一つの会社に一生いるとは限らない。事業環境の変化は速く、求められる専門性はどんどん細かくなっていく。組織は、効率を求めて機能を細かく分け、それぞれの専門を深めていきます。分業と専門分化が、以前より一段と進んでいるんですね。その結果、何が起きるか。一つの機能の中で深く潜る人は増えても、機能と機能を越境して、全体を繋ぎ直せる人が、構造的に減っていく。だからこそ、機能を切らずに繋ぎ直せる人、領域を越えられる人の価値が、相対的にぐっと上がっている。

分業が進むほど、それを統合できる人の価値が出る。歴史を長い射程で見てきた人ほど、この「越境して束ねる知」の大切さを語ります。たとえば、コテンラジオの深井龍之介さんは、思想家の山口周さんとの共著『人文知は武器になる』(文春新書)のなかで、一つの専門に閉じず複数の視点を横断的に持つこと、そして時間軸を長く・空間軸を広くとって物事を捉えることの大切さを説いています。勝手な解釈ながらCMOに求められる統合も、これと地続きだと感じます。

シアトルの中央図書館には、「ブックスパイラル」と呼ばれる本棚があります。デューイ十進分類による膨大な蔵書を、階で分断せず、一本の連続したスロープに乗せた設計です。普通なら、フロアごとに分類を切り分けるところを、切らずに繋いだ。切らずに繋いだからこそ、膨大な分類を一望できる連続性が生まれた。 CMOという機能も、組織の機能を切らずに繋ぐ存在だと、自分は思っています。

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この連載の歩き方

この記事ではマーケティングとCMOの定義について書いてきました。

最後に、この『CMO大全』の歩き方を、期待値も含めて整理しておきます。

まず「大全」という言葉について。ここでいう「大全」は、CMO機能を実装するための実務体系、という意味です。広く浅く全部を並べるのではなく、事業を伸ばすために本当に要る機能を、実装できる解像度まで掘り下げて書き切る。そういう意味では辞書的な網羅性はまだ弱いところかもしれません。

次に、対象者について。この連載が主な対象として想定しているのは、スタートアップと新規事業、とりわけシリーズA以降の成長フェーズです。プロダクトがある程度立ち上がり、ここから本格的に事業を伸ばしにいく、そういう局面で、CMO機能をどう実装するかを扱います。

読み方は、事業の性質によって少し変わります。ToC(一般消費者向け)の事業をやっている方は、顧客解像度から戦略、計測、組織までを、自社のプロダクトに重ねながら順に読んでいただくのが素直です。ToB(法人向け)の事業の方は、同じ循環の中でも、マーケティングとセールスの連動や、リードから受注までの計測の話に、特に手応えを感じてもらえると思います。どちらの場合も、底に流れる「分断しない」という思想は共通です。

そして、この連載の根っこにあるのは、一つの問題意識です。日本国内には、事業を伸ばすCMO機能を担える人材が、まだ決定的に足りていない。 これは、自分が現場で何度も感じてきたことです。統合という機能は、最も価値が高いはずなのに、最も言語化されず、担い手が育ちにくい、この記事の前半で書いた構造が、そのまま人材の不足として表れている。その不足を、少しでも補い、解決していきたい。会社としても事業としても、それが自分の大きな目的になっています。この連載は、そのための知の流通の試みでもあります。自分が現場で掴んだものを、できるだけ実装できる形で外に出していく。それが、いつか誰かのCMO機能の土台になればいい、と本気で思っています。

連載は、1号メソッドの①顧客解像度 → ②戦略+戦術 → ③計測 → ④組織、という循環に沿って進みます。各ブロックは独立して読めますが、繋がりを意識して読むと、「分断しない」という通奏低音が、だんだん立体的に聞こえてくるはずです。

そして、CMOの仕事は、突き詰めると顧客解像度から始まります。統合する主体が、まず何を見るのか。それは、誰よりも深く顧客を理解することです。次回は、6年で指名検索を13倍にした実例から、そのすべての起点である顧客解像度を掘っていきます。

1-1. 6年で指名検索13倍|顧客解像度がすべての起点

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この連載について

『CMO大全』は、「マーケティング機能の実装の民主化」を目指して書いています。専任のCMOがいない会社でも、マーケティングを自分たちで実装できるように。

  • **自社のマーケティングを、一緒に考える相手がほしい方へ**
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    この記事のまとめ(Q&A)

    マーケティングとは何か?

    この連載では「誰よりも深い顧客理解を元にして、限られたリソースで一定期間に事業を最大化する取り組み」と定義しています。広告運用やSNS投稿といった個別の手段ではなく、顧客理解を起点に、限られた資源を正しく配分して事業を伸ばす営み全体を指します。広告は、深く理解した顧客に価値を届けるための一手段であって、マーケティングそのものではありません。手段を本体と取り違えると、顧客理解が浅いまま手だけを最適化する事故が起きます。

    CMOとは何をする人か?

    本連載では、CMOを「分業で分断された機能を、意図せざるマイナスごと拾って統合し、事業を伸ばす主体」と捉えています。マーケティング部門を上から管理する人、という理解にとどまりません。組織が効率を求めて機能を分業すると、各部門が合理的に動くほど、誰も意図しなかった分断が部門と部門の「あいだ」に生まれます。そのマイナスを拾い、機能を繋ぎ直して事業を前に進めるのがCMOの仕事です。顧客解像度を高め、伝わるコミュニケーションをつくり、計測できる環境と実装する組織を整える、その全体を、領域の壁を越えて主導します。

    CMOとマーケティング責任者の違いは何か?

    マーケティング責任者は、マーケティングという一領域の最適化を担う人です。CMOは、マーケティングを起点にしながら、その外側の機能との「あいだ」まで管轄して、組織全体を統合する人です。担当する範囲の広さというより、見ている射程が違います。マーケティング責任者が自部門の成果を最大化するのに対し、CMOは部門と部門の継ぎ目に落ちるマイナスを拾い、全体最適を設計する。だからCMOの守備範囲は、マーケティング部門の境界線の内側では終わりません。

    スタートアップにCMOは必要か?

    肩書としての「CMO」を置くかどうかより、「分断を統合する機能」を誰かが担っているかが本質だと考えています。スタートアップは、リソースが限られているからこそ、機能の「あいだ」に落ちるマイナスを放置する余裕がありません。限られた中で機能をぶつ切りにせず、一本で繋いで見られる人がいると、成長が加速する、これは自分自身が現場で経験したことでもあります。専任のCMOを採用するのが難しいフェーズでも、その機能を経営の中で意識的に担う必要はある、というのが本連載の立場です。