1-2. インサイトを抽出する技術

CM制作の一連プロセスから学ぶ

前回の記事 1-1. 6年で指名検索13倍|顧客解像度がすべての起点 で、指名検索を伸ばした起点は顧客解像度だ、という話をしました。誰に、どんな価値を伝えれば人が動くのか。それが打つ前に揃っているかどうかで、同じ広告でも効きがまるで変わる、そう書きました。

では、その解像度をどう上げるのか。「顧客を深く理解しましょう」と言うのは簡単ですが、現場で問われるのは、具体的にどうやって顧客の中にある言葉を引き出し、何を伝えると決めるのか、という手順のほうです。今回は、そのインサイト抽出の技術を考えてみます。

題材に選ぶのは、CM制作のプロセスです。なぜCMなのか。理由ははっきりしています。CMのような広告制作は、不可逆性が非常に高い投資だからです。一度作って世に出してしまったら、もう戻せません。多額のお金と時間をかけて作ったものが、誰の心も動かさなかった、それでも、放映してしまったものは引っ込められない。だからこそ、その手前でWHO(誰に伝えるのか)とWHAT(何を伝えるのか)を、徹底的に練り上げる必要があります。

そして、ここが面白いところなのですが。この「不可逆な投資の前に、徹底的にWHOとWHATを詰める」という営みは、インサイト抽出のすべての要素が凝縮されています。インタビューで顧客の本音を掘り、伝える価値を絞り込み、表現が狙い通りに伝わるかを確かめ、上がってきたものを事業側の視点でレビューする。CM制作は、インサイト抽出の最強の練習場なんですね。今回は、過去に個人として、チームとして実際にやってきた一連のプロセスを、4つのステップに分けて書いていきます。

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ステップ1:インタビューでインサイトを抽出する

すべての起点は、やはりインタビューです。前回も「顧客解像度の土台はインタビュー」と書きましたが、CM制作のように一発勝負の投資が控えているときは、なおさら聞き方の精度が問われます。ここでは、自分が実際に使っている聞き方の型を、できるだけ具体的に書きます。

まず「知りたいこと」を立て、広く聞き始める

最初にやるのは、リサーチクエスチョン、つまり「今回、何を知りたいのか」を立てることです。これがないまま聞き始めると、ただの雑談になって、終わってから「結局何がわかったんだろう」となります。

そして、リサーチクエスチョンを立てたら、そこを起点に、かなりジェネラル(一般的)な問いから幅広く聞き始める。いきなり核心を突きにいかない、ということです。たとえばある学習塾の支援に入ったときは、「塾ってどうやって選びましたか」「そもそも塾に通わせようと思ったきっかけは何でしたか」といった、大きな問いから入っていきました。最初から「うちの塾の何が良かったですか」と聞いてしまうと、相手は気をつかって答えてくれてしまう。だから、まずは大きく開いた問いで、相手の世界に入っていきます。

インタビューに臨むときの心構え

聞き方の前に、心構えの話をさせてください。

自分の役割は「話を聞く人」であって、教える人でも、売り込む人でもない。 相手が話している間は、基本的に自分は話しません。沈黙が3秒、5秒と続いても焦らない。むしろ、その沈黙の先に本音が出てくることが多いんです。「うんうん」「なるほど」と相槌を打っているだけで、相手は勝手に話し続けてくれる。

もうひとつ。台本通りに進めなくていい。 質問の順番を用意していても、話の流れが別の方向に行ったら、その流れを優先して順序を変えていい。むしろ、相手が自発的に語り始めた話のほうに、宝物が埋まっていることが多いです。

質問の組み立て方

その上で、自分が問いをどう並べているかを書きます。具体的なサービス名は出しませんが、リサーチクエスチョンの並べ方には、ある程度の型があります。

❶ 今の状況と、使い始めたきっかけ。

まず、相手が今どういう状況にいて、どういうきっかけでそのサービスを使い始めたのかを聞きます。ここで誘導しないこと。「便利だから使い始めたんですよね?」のような聞き方はしません。

❷ 使う前の困りごと(before)。

次に、使う前は何に困っていたのかを聞きます。ここで肝心なのは、「困っていました」で終わらせないこと。「具体的にどんな場面で困っていましたか?」と必ず一歩踏み込んで、エピソードを1つ引き出します。抽象的な「困りごと」ではなく、具体的な場面まで降りていく。

❸ 使ってみてどうだったか・一番助かった瞬間(after)。

ここが中心の問いです。使ってみて、どの場面でどう助かったのか。ここでも「便利でした」で終わらせず、深掘りします。コツとして、「なぜ」より「どう」を聞くほうが、相手は答えやすい。「なぜ良かったんですか」と理由を問うと身構えられますが、「どの場面でどう助かりましたか」と状況を問うと、するすると出てきます。

❹ もしこのサービスがなかったら、何をしていたか。

これは反実仮想の問いです。仮にそれがなかったら、相手はどんな代わりの行動を取っていたのか。そして、その代わりの行動と、今との差はどれくらいなのか。ここで競合の名前を出して比較に誘導してはいけません。あくまで相手が取り得た代替行動を、自然に引き出します。

❺ 実際にどう動いたか。

言っていることだけでなく、実際の行動の実態を聞きます。

❻ どうやって知ったか・同じ状況の人にどこで伝えるとよさそうか。

認知経路、つまりチャネルの示唆を引き出します。これは後で「どこで伝えるか」を考えるときの材料になります。

一貫して肝なのは「誘導しないこと」

ここまで何度も書いてきましたが、すべての問いに通底する原則は、誘導しないことです。相手の口から、相手の言葉で出てきたものでなければ、インサイトとしての価値がありません。相手が自発的に語ったときだけ、「もう少し詳しく聞かせてください」と返す。これに尽きます。

「そうそうそう」が出る瞬間

では、インサイトを掴んだ瞬間とは、具体的にどんな瞬間なのか。自分の感覚では、それは相手から「そうそうそう!」という強い反応が返ってきた瞬間です。

どういうことか。対話の中で質問を重ねていくと、相手自身もまだ言語化しきれていない領域に近づいていきます。そこで最後に(誘導とは異なります)、こちらからクローズドクエスチョンに近い形で、「それって、つまりこういうことですかね?」と投げかける。すると、相手が「そうそうそう、まさにそれです!」と強く反応する。この瞬間こそが、インサイトを掴んだ瞬間です。

例えば学習塾の例で言うと、今お子さんが通っている塾への不満を深掘りしていったときのことです。相手は「なんとなく合わない」としか言えていなかった。それを対話の中でほぐしていって、相手が言葉にできていなかった不満を、こちらが代わりに言語化してまとめてみせた。すると「そうそうそう、それです」と。その不満こそが「解くべき課題」です。

課題がそうやって設定できれば、あとはその課題に対して、この人が持っている価値(ソリューション)のどれが刺さるかを伝えればいい、という流れになります。

このようなインサイトのまとめ方については、こちらについては以下の記事でも学びを書いていますのでご参考ください。

事業を動かすマーケターの思考法|インサイトの見つけ方についての学びmemo

量と質の目安

最後に、何人くらい聞けばいいのか、という話を。

目安として、ひとつのリサーチテーマで10人くらいにインタビューできれば、確実性がかなり上がると感じています。10名ほど実施できると、たとえば提案や商談の場面で「ここから先はお引き受けしない」というラインを調整したり、そこをリサーチのボーダーラインとして設定したりもできるようになる。逆に言えば、数人だけ聞いて「顧客はこう思っている」と決めてしまうのは、危ない。CMのような不可逆な投資の手前では、なおさらです。

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ステップ2:「何を描くか」を決める

インタビューで顧客のインサイトが見えてきたら、次は 「何を伝えるか(WHAT)」を決める 段階に入ります。CMの時間は15秒もしくは30秒に限られています。あれもこれも詰め込みたくなるのですが、それをやると結局何も伝わらない。だから、ここで覚悟を決めて絞り込む必要があります。

提供している価値一覧を整理する

プロダクトが顧客に提供している価値として、その機能的な価値は相対的にわかりやすいと思います。他方で、いわゆる情緒的な価値と言われるものにはプロダクト・サービスの送り手が最初気づけていないものも含まれてきます。特に新規のプロダクトであればあるほど「自分たちはこんなにいろんな価値を出していたのか」と思うようなことがあります。

インタビューを重ねる中で、提供しているであろう価値を丁寧に整理しておくと関係者との議論がスムーズになります。

その上で、今、何を伝えるべきかを決めきる

問題は、ここからです。例えば複数の価値が見えたとして、それ自体はいいことなのですが、マーケティング職としては、今、何を伝えるべきか。これを決めきらないといけない。

複数を同時に伝えられるならそれでもいい。でも、反響やKPIの達成を考えたとき、どれを優先して伝えるべきかは、たいてい一つや二つに絞られます。全部を均等に並べると、結局メッセージがぼやけて、誰の心も動かない。これは前回書いた「限られたリソースをどこに張るか」という話と、まったく同じ構造です。

判断の軸はシンプルです。業務の本来の目的は、あくまでKPI指標を動かすこと。 だから、そのKPIへの最短距離になる価値はどれか、という観点で選びます。「いちばん伝えたい価値」ではなく、「いちばんKPIを動かす価値」を選ぶ。ここを混同すると、作り手の自己満足で終わります。

このWHO/WHATを固めるプロセスは、前回お話しした流れと地続きです。あのときは、2名体制で20名程度のユーザーにヒアリングをして、提供できている価値を整理し、いま何を伝えるべきかという方向性を集約していく、という順番で進めました。これはマーケティング一人で完結する作業ではありません。経営陣や現場との合意形成などもしながら、WHOとWHATを組織として固めていく。「何を描くか」は、CMの企画である前に、事業判断なのだと思います。

!提供価値

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ステップ3:表現(絵コンテ)で調査する

さて、CMを制作するプロセスの続きです。WHOとWHATが固まったら、いよいよ表現の話に入ります。ここで登場するのが絵コンテです。絵コンテは、CMがどんな映像になるかを、コマ割りの絵と説明で表現した設計図のようなものです。

不可逆な投資の前に、可逆な投資で確かめる

冒頭に書いた通り、CMの本制作は不可逆で、しかも高額な投資です。撮影してしまえば、もう取り返しがつかない。

この辺りはいろいろなやり方があると思いますが、個人的には 不可逆で高い投資(本制作)に進む前に、可逆(絵コンテ)の段階で、徹底的に確かめる。 これがリスクを下げる最も効いた打ち手です。

例えばの行動でいうと、制作パートナー(広告会社)から上がってきた絵コンテを、自社(事業会社の側)でコンセプト調査にかけることです。

何を、どう調べるか

調査の規模は、目的によって使い分けます。定量調査で数百人規模に見せることもあれば、定性調査で10〜15人程度にじっくり聞くこともある。確かめたいことの性質に応じて選びます。

調査で主に確認するのは、2つです。

ひとつめは、絵コンテを見た人が、何を理解したか。そして、それが送り手の意図と合っているか。ふたつめは、それが購入意向に繋がるか。つまり、狙ったインサイトに合致しているか。

このうち、とりわけ重要なのは前者です。送り手の意図が、見る人に正しく理解されているか。ここがズレていると、どれだけ美しい映像を作っても、伝えたかったことが伝わらない。作り手は自分の意図を知っているから「伝わって当然」と思いがちですが、初めて見る人には、まったく別の意味に受け取られていることが本当に多いんです。だから、可逆な絵コンテの段階で、この「意図の伝わり方」を必ず確かめる。

ここで思い出してほしいのが、前回の「どうなったら、どうする」という考え方です。絵コンテ調査も同じで、どんな結果が出たら本制作にGOを出し、どんな結果が出たら作り直すのかを、調査の前に決めておく。そうすれば、結果が出たときに迷わず判断できます。

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ステップ4:パートナーのアウトプットをWho/What観点でレビューする

絵コンテは、多くの場合表現のプロである制作パートナー(広告会社)が描いてくれます。事業会社のマーケティング職の役割は、上がってきたアウトプットをレビューすることとなります。

「狙い」が、コンテの上で表現されているか

見るべきポイントはここにつきます。いわゆるオリエンシートに言語化しておくと便利です。それを手元で見ながら、WHOとWHATが本当に表現されているかを批判的な目で見ていきます。

オリエンシートに記載の項目は以下のようなものでしょうか。

  • **狙い(この企画で何を達成したいのか)**
  • **誰に、何を伝えたいのか(WHOとWHAT)**
  • **Reason to Believe(信じるに足る理由、なぜその価値を信じてもらえるのか)**
  • 実際は様々な検証やアイディアのジャンプの中で、どうしてもこのオリエン記載の内容から離れてしまうことがあります。

    そのため事業会社のマーケティング職の役割はここをしっかり言語化して伝えていくことになります。

    前回、CMOの仕事のひとつは「正しく伝わるコミュニケーションをつくること」だと書きましたが、事業側が狙いの番人になることは、その体現となると考えています。

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    汎用原則:Who/Whatは事業側が決め、Howはクリエイターに委ねる

    ここまで4つのステップを見てきました。最後に、CM制作に限らず使える原則として、一段抽象化しておきます。

    それは、Who(誰に)とWhat(何を)は、事業をやる側=事業会社が内部で決め切る。How(どう表現するか)は、表現をつくる側=クリエイターに委ねるという役割分担です。

    なぜこの分担になるのか。理由は、理解の非対称にあります。プロダクトや顧客のことを、最も深く理解しているのは、間違いなく事業会社側です。毎日その事業に向き合い、インタビューを重ね、提供価値を棚卸しし、KPIと格闘しているためです。

    だから、WHOとWHATを決めるのは、外部のクリエイターではなく、事業側でなければならない、そんな風に考えています。

    逆に、どう表現するか(How)は、クリエイターのほうが圧倒的にプロです。同じ「この価値を伝えたい」という狙いでも、それを心に残る映像や言葉に落とす技術は、専門家にしかありません。だから、Howは委ねる。

    そしてHowには口を出しすぎず、ただし「狙いが表現されているか」だけは厳しく見る、そんな距離感で自分は携わっていました。(これが正解というわけでもないかと思いますが)

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    今回は、インサイトを抽出して、何を伝えるかを決め、可逆な段階で確かめ、事業側として狙いの番人になる、というCM制作の一連のプロセスを通じて、インサイト抽出の技術を書いてきました。CMという不可逆な投資を題材にしたのは、それが「打つ前にどこまで詰められるか」を、最も厳しく問う場所だからです。

    次回(1-3)では、掴んだ顧客理解を、どうやって組織で流通させ、共通言語にしていくかを扱います。

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    この連載について

    『CMO大全』は、「マーケティング機能の実装の民主化」を目指して書いています。専任のCMOがいない会社でも、マーケティングを自分たちで実装できるように。

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    この記事のまとめ(Q&A)

    インサイトとは何か?

    インサイトとは、顧客自身もまだ言語化できていない、本当の課題や動機のことだと自分は捉えています。「便利だから使っている」のような表面的な答えの奥にある、その人を動かしている本音。インタビューで対話を重ね、相手が「そうそうそう、それです」と強く反応した瞬間に立ち上がるものが、インサイトです。これを掴めれば「解くべき課題」が定まり、どの価値を伝えれば刺さるかが見えてきます。

    インサイトを引き出す方法は?

    誘導せずに、広い問いから入っていくことです。本記事では、❶今の状況ときっかけ→❷使う前の困りごと(具体的な場面まで掘る)→❸使ってどう助かったか(「なぜ」より「どう」を聞く)→❹なかったら何をしていたか→❺実際の行動→❻認知経路、という順で聞く型を紹介しました。心構えとして「自分は話を聞く人であり、教える人でも売り込む人でもない」を徹底し、沈黙を恐れないこと。最後に「こういうことですかね?」と言語化を返し、強い同意が出たらインサイトを掴んだ合図です。

    絵コンテ調査とは何か?

    絵コンテ調査とは、CMの本制作に入る前に、設計図である絵コンテの段階で、それが狙い通りに伝わるかを確かめる調査のことです。確認するのは主に2つ。「送り手の意図が正しく理解されているか」と「購入意向に繋がる(狙ったインサイトに合致している)か」。規模は、定量で数百人規模のことも、定性で10〜15人程度のこともあります。不可逆で高額な本制作の前に、可逆で安価な段階でリスクを下げる、これが絵コンテ調査の本質です。

    CM制作の進め方は?

    本記事では4ステップで整理しました。❶インタビューで顧客のインサイトを抽出する、❷提供価値から「今、何を伝えるか」を決めきる、❸絵コンテを調査して狙い通りに伝わるかを確かめる、❹上がってきたアウトプットをWho/What観点でレビューする。一貫した原則は、WhoとWhatは事業側(事業会社)が決め切り、How(表現)はクリエイターに委ねること。そして、不可逆な投資の前に、可逆な段階で徹底的に確かめることです。

    マーケティングインサイトとは?

    マーケティングにおけるインサイトとは、顧客の購買行動や態度の裏にある、本人も気づいていない深層の動機を指します。本連載では、マーケティングを「誰よりも深い顧客理解を元にして、限られたリソースで一定期間に事業を最大化する取り組み」と定義しています。その「誰よりも深い顧客理解」の核にあるのが、このインサイトです。インサイトを掴めるかどうかで、限られたリソースを何に張り、何を伝えるかの精度が決まります。